コーヒーで旅する日本/四国編|喫茶店全盛期から40余年。「可否庵」の多彩な豆の顔ぶれが物語る、変化を続ける老舗の懐深さ

東京ウォーカー(全国版)

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

一枚板のカウンターや丸太のイスなど、合掌造りの古民家の部材を取り入れた落ち着きある空間


四国編の第13回は、徳島市の「可否庵」(コーヒーあん)。かつては数十軒の喫茶店がひしめいたオフィス街にあって、開店から40年以上続く老舗の1つだ。創業者のマスター・近藤さんは、界隈の自家焙煎の草創期から試行錯誤を重ねて、独自のコーヒーを追求。6年前から、地元企業から転身した娘婿の杉大輔さんもカウンターに立ち、二人三脚で新たなコーヒーの楽しみを提案している。深煎り嗜好が強い徳島にあって、近年は浅煎りの個性際立つスペシャルティコーヒーを多彩に提案。地元のコーヒーシーンを見続けてきた老舗は、今また若い世代を中心に新たなファンを広げている。

店主の近藤さんと杉さん


Profile|近藤節昭(こんどう・さだあき)
1953年(昭和28年)、徳島県阿波市生まれ。神奈川の和食店で約3年、料理人として勤めていた時代に通った喫茶店で、コーヒーの魅力に触れ、自らも喫茶店の開業を志す。同店で抽出や焙煎を学び、徳島に戻り、1980年に「可否庵」を創業。地元で先駆けて自家焙煎・ハンドドリップのスタイルを打ち出し、現在はスペシャルティコーヒーの品ぞろえを広げ、浅煎りならではの多彩な豆の個性を提案している。

Profile|杉大輔(すぎ・だいすけ)
1988年(昭和63年)、徳島市生まれ。学生時代から地元の地域活性化のプロジェクトに関わり、卒業後は県外で就職。2013年に徳島の地域マネジメント会社に移り、みわこさんとの出会いをきっかけに、「可否庵」でコーヒーの奥深さにひかれて、仕事の傍ら焙煎を学び始める。2017年に退職し、「可否庵」の焙煎、Web運営やイベント出店を担当。

料理人から転身し、ゼロから始めた自家焙煎

コーヒーカラーの外壁に白抜きの屋号が映える

徳島駅の東側、市役所をはじめ官庁や企業が集まるビジネス街の一角。界隈を歩くと、大小のオフィスビルに交じって、そこここで喫茶店に出くわす。「可否庵」も、そのなかの一軒だ。「開店当時はもっと喫茶店があって、この周辺だけで15軒ほどはあったはず」とは、店主の近藤さん。「可否庵」が開店した1980年代には、四国放送や徳島新聞社などの報道機関と関連会社も数多くあり、最盛期は1日に150杯ものコーヒーを出していたという。「その頃は喫茶店が、各社員のオフィス代わりになっていて、それぞれの店で部署の縄張りみたいに分かれていました。うちは新聞社の政治経済部や広告会社の人がよく来ていて、打合せや商談、接待の場に使われていて、コーヒーはあくまで会話のお供くらいの感じでしたね」と、往時を振り返る。

カウンターの上には、希少なシングルオリジンのメニューがずらりと並ぶ


いかにもマスター然とした近藤さんだが、元々は和食の料理人。神奈川で3年ほど修業を積んだが、「店の近所の喫茶店のコーヒーがおいしくてね。独立を考えたとき、和食だと準備も大変だから、喫茶店ではどうかと思ったのが開店のきっかけでした」と近藤さん。地元・徳島に戻り、折よく喫茶店の店長として声をかけられたが、オーナーが高齢だったこともあり、半ば譲り受ける形で店を始めることに。「しつらえは自由に変えていいからと言われて、前の店の構造は残して、富山の合掌造りの家の部材を買い取って、組み入れてもらいました」という、店内の重厚感と温かみのある雰囲気は、ここならではの持ち味だ。

ここに、神奈川で通っていた喫茶店から譲り受けた古い焙煎機、通称・ブタ窯を置いて、自家焙煎も始めた近藤さん。ただ当時の徳島では、生豆の問屋が少なく、ロットも1袋=60キロ単位でしか買えなかった時代。「個人店では仕入れにくかったので、自家焙煎はやめようかとも思いましたが、せっかく始めたから、感覚を忘れないようにタンザニアの豆を1袋だけ買って、豆を焼くことは続けていました」。開店からしばらくは焙煎豆を仕入れて使っていた時期もあったが、その後、10キロ単位での仕入れが可能になり、徐々に自家焙煎の豆に入れ替えていった。

豆のハンドピックは焙煎の前と後に行うのが基本


とはいえ、当時、使っていたブタ窯は、メーターも何もない原始的な機体ゆえ、焙煎の感覚を得るのも試行錯誤の連続だった。「とにかくコーヒーに関する情報がなくて、同業の横のつながりもないから、自分の勘だけが頼り。ガスの炎の高さを憶えるために、焙煎機のボディに線を書いたりしていましたね」と近藤さん。抽出についても、ネルで大量に淹れたコーヒーを温めて出す店が多かった当時から、ハンドドリップ1杯立てで提供。「淹れ置きして温め直した、煮詰めたような味が苦手で。神奈川で通った喫茶店もペーパードリップだったので、抽出の仕方を教わりました。その頃は、ブレンドがメイン。ストレートも置いていましたが、頼むのは本当に好きな人か、ちょっとカッコつけたい人くらいでした(笑)」と振り返る。

可否庵ブレンド500円は、軽やかな飲み口と、飽きの来ない味わいが人気。カップは砥部焼のオリジナル


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