コーヒーで旅する日本/四国編|若き店主の地元愛と共に、港町の商店街に新風吹き込む、新たな憩いの拠り所。「Cafe & Bake NAKAMURAYA」

東京ウォーカー(全国版)

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全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化でも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

2021年に移転リニューアルした店内は、洗練されたシンプルな空間に


四国編の第3回は、愛媛県今治市の「Cafe & Bake NAKAMURAYA」。港から続く今治銀座商店街に立つ店は、これまでになかった、エスプレッソ主体のコーヒースタンドとして、7年前に創業。店主の中村さんが淹れるコーヒーと、奥様の文香さんお手製のアメリカンベイクを目当てに、市外から訪れるお客も少なくない。2022年に移転した現在の店は、実は以前、中村さんの実家でもある老舗の蒲鉾店があった場所。家業の屋号を引き継いで、装い新たになったコーヒーショップは、界隈に新風を吹き込む存在でもある。「商店街に再びにぎわいを取り戻すきっかけになれば」との思いも秘めた中村さんが、移転を機に目指す理想の店の形とは。

店主の中村斎さん、文香さんご夫婦


Profile|中村斎(なかむら・ひとし)、文香(ふみか)
1990年(平成2年)、愛媛県今治市生まれ。今治銀座商店街の老舗・中村屋蒲鉾店を営む両親と共に出かけた、喫茶店の空気に幼い頃から親しみ、中学時代からコーヒー好きに。大学在学中に開業を志し、東京のカフェ専門学校に入学し、日本バリスタ協会(JBA)ライセンスを取得。帰郷後、地元の喫茶店で2年ほど経験を積み、2016年、商店街に「A Cup of…ナカムラコーヒー」を開業。2020年に結婚を経て、文香さんも店に立ち、新メニューとしてアメリカンベイクを提案。2022年に中村屋蒲鉾店跡地へ移転し、「Cafe & Bake NAKAMURAYA」としてリニューアルオープン。

開業に至る原点は、子供の頃に抱いた喫茶店への憧れ

今治港は店の目と鼻の先。コーヒーをテイクアウトして、しまなみ海道を眺めながらのカフェタイムもおすすめ

しまなみ海道の開通以前から、瀬戸内の島々を結ぶ船が行き交う今治港は“愛媛の海の玄関口”の一つ。港からまっすぐに伸びる今治銀座商店街は、にぎわいを伝える港町のシンボル的存在だ。港から潮の香満ちるアーケードを5分も歩けば、「Cafe & Bake NAKAMURAYA」のシックな店構えが見えてくる。

のどかな商店街にあって、ヨーロッパのカフェを思わせる店構えが目を引く


「小さい頃は、両親と一緒によく近隣の喫茶店に出かけました。いわゆる昭和の純喫茶の雰囲気が、大人が集まる場所という感じで、子供心に憧れがあって、ちょっとした非日常の空間に惹かれましたね」という店主の中村さん。実家は、この商店街で長年続いた蒲鉾の老舗という生粋の“ばりっこ”だ。実際、界隈を歩けば、商店のまにまに多くの喫茶店が点在。なかには、朝が早い漁師やフェリーの乗客のための“早朝喫茶”なる店もあって、船が移動の中心だった頃は朝から多くの人でにぎわったという。

白を基調とした空間に、大きなドライフラワーのオブジェがアクセント


幼い頃から、喫茶店へのほのかな憧れを抱いていた中村さんだけに、早くにコーヒーとの縁も得ていたようだ。「コーヒーは中学時代から飲み始めていて、修学旅行で東京に行ったときに、ちょっと背伸びしてスターバックスに行って、初めてエスプレッソを飲みました。理由は、一番安かったからなんですが(笑)。最初は苦い!という印象で、“すごく濃いコーヒー”という程度の印象でしたね」。ただ、長じて。大学進学で再び上京し、コーヒースタンドでもう一度チャレンジした際には、当時とは全く印象が変わっていたという。「苦味の奥に、ビターな甘みが感じられるようになっていて、おいしかったんです。ちょっとは大人になったのかも知れません(笑)。このコーヒーを自分でも淹れられたらいいなと思ったのが、バリスタの存在を知るきっかけでした」と振り返る。

シングルオリジンの豆は、個性際立つ6種を、時季替わりで提案


家族が商店を営んでいたこともあり、会社勤めよりも自分で商売していく将来を、在学中から薄々思い描いていたという中村さん。バリスタという仕事に出合ったことで、子供の頃からの喫茶店への憧れを形にしようと一念発起。自店の開業を目指して、本格的に準備を始めた。いきなりカフェを始めると聞けば、周囲に反対されそうなものだが、幸いにも家族の理解を得られ、大学在学中に、そのまま東京のカフェ専門学校に通学。カリキュラムの中で、バリスタ協会公認ライセンスが取得できる講義を受講し、バリスタとしての基礎を積み重ねた。

店の裏手を流れる金星川は、武家と商家を分かった今治城の外堀の名残。意匠もさまざまな小橋が連なる光景は今治の隠れた名所


肩肘張らないスタンドは、サイクリストの拠り所に

現在地に移転する前の、創業時の店内。車輪を模したテーブルや天井に吊るしたスポークなど、自転車をモチーフにしたインテリアが目を引く

帰郷後、今治のエスプレッソのパイオニア・Barrel Coffee Roasterの高橋さんに教えを請いつつ、地元の喫茶店でも約2年、現場の仕事を経験。2016年、商店街の洋品店を改装し、弱冠26歳で「A Cup of…ナカムラコーヒー」の屋号を掲げてスタートした。

「当時、今治ではエスプレッソを出す店はほとんどなくて、先駆けでもあるBarrel Coffee Roasterには、大学卒業前後からよく通っていました。バリスタの技術のレクチャーはもちろん、開店前にいろいろ後押ししてもらった店主の高橋さんは、師匠みたいな存在です。その頃、東京ではコーヒースタンドが主流になっていて、最初は1人で店を切り盛りする想定だったこともあり、ドリップより提供が早いエスプレッソを中心にしたスタンドのスタイルをイメージしました」

「今後はコーヒーに合うベイクの組合せを広げていきたい」と中村さん


ふらりと立ち寄れる店ゆえに、歩行者が多い商店街はまさにうってつけ。勝手知ったる地元に構えた店は、当初は、海と空をイメージした店内のカラーリングと、自転車のパーツを使ったユニークな空間も評判に。しまなみ海道はサイクリングのメッカでもあり、自身も自転車好きとあって、全国から訪れるサイクリストの拠り所としても定着。店の存在は、口コミでじわじわと市外にも広まっていった。開店から4年後には、妻の文香さんも共に店を切り盛り。お手製のアメリカンベイクは、いまや店の看板メニューとして人気を博している。

定番のマフィンやブラウニー、アップルパイなどベイクは日替わりで7種から8種を用意。ウィリアム・モリスのラッピングはギフトにも人気


Barrel Coffee Roasterから仕入れるコーヒーは、エスプレッソ専用のブレンドを中心に、シングルオリジン5種をラインナップ。提供スピードを優先して、ブレンドはエスプレッソ系のドリンクかアメリカーノで、シングルオリジンはペーパードリップでと、抽出器具を分けて提案している。「エスプレッソになじみが薄い土地柄なので、うちでは、すっきりと飲みやすい味わいを心掛けています。また、商店街でありながら港にも近く、観光客も多い場所だけに初めて来られる方も多いので、メニューはシンプルに」という中村さん。グァテマラ、コロンビア、隠し味にロブスタを配合したオリジナルブレンドのエスプレッソは、柔らかな酸味とほのかな甘み、軽やかな余韻が心地よく、すっと染み入る味わいは、界隈の憩いの定番となりつつある。

レモンケーキ450円。愛媛県産レモンの鮮やかな酸味と、ふかふか生地の軽やかな甘さが好相性。ドリップコーヒー600円。写真は芳醇な果実味が印象的なエチオピア・イルガチェフェ・コチェレ


愛着ある商店街に、再びにぎわいを呼ぶきっかけに

カウンターの上には、かつてこの場所にあった中村屋蒲鉾店の木彫りの看板が飾られている

好評を得た店は、2021年、中村屋蒲鉾店を閉じるにあたって、実家の店の跡地に移転。長年続いた屋号を引き継ぎ心機一転、インテリアも落ち着いた雰囲気に様変わりした。「移転前はランチやモーニングもしていましたが、ここでは食事系のメニューは1種に絞って、よりコーヒー主体の店として打ち出したい」と中村さん。そのために、移転を機に店の奥にキッチンを増設、製菓業の認可も新たに取得し、ベイクの充実に力を入れている。

カフェラテ550円。しっとり滑らかなチーズケーキ550円。底のクランブルのほろ苦さが、チーズのコクと甘味を際立てる


文香さんが以前から趣味で続けていた菓子作りを生かした、多彩なベイクは、自身が学生時代にアメリカを訪れた際に気に入った現地のスタイルを追求。東京のアメリカンベイクの名店でも学んだ本格派だ。「アメリカンベイクはこの辺りで出しているところも少なかったので、やってみようかと思って。本来はスパイスが効いていて、甘いイメージがありますが、地元の嗜好に合わせて、今はかなり控えめにしています。日によって気まぐれで出るものもあって、ここで初めて食べて、気に入って取り置きされる方もいらっしゃいます」と文香さん。

移転前から定番のチーズケーキやマフィンに加えて、現在は瀬戸内名産のレモンを使ったレモンケーキや、生地にジンジャー、シナモン、ナツメグを利かせ、オレオとナッツがたっぷり乗ったブラック&ホワイトケーキなど、新作も相次いで登場。メニューの幅を広げ、着実にファンを増やしている。

ブルーベリーバックルケーキ1カット550円。サクサクしたクランブルの食感とシナモンの香り、ほろりと口溶けのよい生地が一体に


「移転後は、店構えも落ち着いた雰囲気になって、お客さんの年齢層も上がったように思います。自分たちとしても、移転リニューアルというより、別の店をオープンした感覚があります」というお二人。しまなみ海道の開通によって、港に近い商店街はずいぶん寂しくなったそうだが、創業時と比べて少しずつにぎわいが戻っているという。「地元の人でも、商店街の存在を知らなかったり、足が遠のいたりしている方は多い。その中で、商店街で商売ができることを示して、この店が1つのきっかけになって、またにぎわいを取り戻してほしい」と、地元出身ゆえに界隈への想いもひとしおだ。

みかんを思わせる穏やかな酸味が印象的な、エスプレッソ350円。砂糖を混ぜると蜂蜜のような甘味が後を引く


「6年続けてきて、少しはエスプレッソの認知度を上げられたかなと感じています。今後は、コーヒーショップとして、やりたいことをブレないように続けていきたい」と中村さん。文香さんも続ける。「アメリカでは、コーヒーによく合うお菓子の総称として、“コーヒーケーキ”という表現があります。コーヒー屋さんならではの楽しみとして、ベイクとコーヒーとの組み合わせを広げていければ」。入口のドアノブは、以前は自転車用のレンチだったが、移転後はエスプレッソマシンのポルタフィルタに変わった。“Cafe & Bake”として心機一転した店のメッセージは、訪れるお客の手を通しても伝わっているはずだ。

ポルタフィルターをそのまま利用した入口のドアノブがユニーク


中村さんレコメンドのコーヒーショップは「オオカミ珈琲」

次回、紹介するのは、愛媛県今治市の「オオカミ珈琲」。「実は、店名は動物ではなくて古い地名が由来。店主の曽我部さんとは、開業の時期も同じくらいで、開店後に2人で訪ねて以降、今もお互いに店を行き来する間柄です。今治では数少ない、古民家を改装した空間で、自家焙煎のコーヒーも昔ながらの深煎りが主体。新しいけど懐かしい味わいは、店の雰囲気にもぴったりです」(中村さん)

【Cafe & Bake NAKAMURAYAのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(Barrel Coffee Roaster)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ)
●焙煎度合い/中浅~中深煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/ブレンド1種、シングルオリジン5種、200グラム1500円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

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